2012年4月22日日曜日

蒸気機関と産業革命


産業革命とは何なのか

産業革命は世界史の中では重要な位置づけで、世界史の教科書でも大きく取り上げられるのですが、教科書を読むだけではその重要性はもう一つ理解しにくいかもしれません。
産業革命が世界をどう変えたのか……という点で言えば、教科書的には、労働者階級の成立、家内製手工業から工場制機械工業への移行……などが説明されることが多く、これらも間違いというわけではないのですが、産業革命が世界に与えた影響を本質的に説明するには不十分であるように思われます。

産業革命とはどのような時代であったのか。
それは、労働者一人あたりの生産力が飛躍的に向上した時代なのです。

もう少し分かりやすく説明しましょう。
中世以前では人間が一人で生産できる量はたかが知れていました。たとえば衣� �を作るための糸を作ろうにも、人が一人で生産できるのは、たとえて言うなれば数十人分、数百人分の衣服の糸を作ることが精一杯でした。しかしこれが産業革命以後、労働者一人がいれば、それだけで数万人、数十万人分の衣服の原料を作ることができるようになります。

産業革命とは、まさしく労働者一人あたりの生産力が飛躍的に増大する時期のことを指すのです。このような生産力の増大が社会にもたらした影響は主に2点あります。1つは、1人あたりが生産できる商品の量が飛躍的に増加した結果、人々が多様な物資を安価に入手することができるようになったこと。これによって人々は潤沢な物資を身の回りにそろえることができるようになりました。もう1つの影響は、少人数で大量の物資を生産できるようになっ� �ために、既存の産業で大量の余剰労働力が出るようになったことです。そのため、それまでは人々はその生命をつなぐための最低限の物資、すなわち食糧や衣料などを生産するだけでいっぱいいっぱいでしたが、産業革命によって飛躍的に生産性が向上し、余剰労働力が生じた結果、それらの余剰労働力が新しい産業に次々流入するようになりました。これによって、たとえば蒸気機関車や蒸気船などの産業に労働力が大量に流入し、人々は遠隔地と高速に安価につながる手段を確保できるようになるなど、生活のあり方が中世までと大きく変わるようになったのです。

蒸気機関が産業革命にもたらした影響

それでは、何故このような労働生産力の飛躍的な向上を、この時期におこなうことができたのでしょうか。
その理由は、蒸気機関がこの時期に開発・発展していったことと、密接な関係があるのです。


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蒸気機関は、「人間がほとんど手を加えなくても自動で動く労働力」を人類社会にもたらしました。
それまで、労働力、つまり何かの物を生産するためには、常に人が手を動かす必要がありました。一部の例外(動物を使った役務や風車・水車の利用)を除いては、それまでは人間は、細かい作業の一つ一つまで全て人力でこなす必要があったのです。布を作るためには機織の機械を人間が手で一つ一つ動かしてやる必要がありました。それ以外の産業も全て人間が手作業で物を動かす必要がありました。動物による役務は主に力仕事の補助がメインであり、細かい機械の動作を教え込むことなど望むべくもありません。風車や水車は風の強い� ��ころや川沿いなど限られた地域でしか使用することができませんでした。しかしこれらの制約が蒸気機関の発明によって一変したのです。

蒸気機関の登場によって、少なくとも単純な反復作業であれば、人間がわざわざ手作業で一つ一つの動作を繰り返して生産する必要がなくなりました。機織であれば、それまで人間が手作業で一つ一つの作業を繰り返しおこなわなければならなかったものが、蒸気機関によって単純作業を全て機械が自動的におこなえるようになったのです(もっとも紡績・織機に関しては、蒸気機関による機械の前に水力による自動化機械が既に実用化はされていましたが)。それまで多くの人手をかけてわずかな数の繊維しか生産できなかったものが、蒸気機関によって、わずかな人手でも機械が大量に繊維� ��生産できるようになり、これによって飛躍的に紡績の生産力を上げることができるようになったのです。


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また蒸気機関が初期に活躍した分野は、鉱山での排水作業でした。特に雨などが降ると、岩盤などを通じて水が坑道の中に染み出てしまいます。この水を排水するために蒸気機関が活用されました。炭鉱の中になると、風力や水力などを利用した機械を使うことはできません。その中にあって、場所を選ばずに設置できる蒸気機関による排水装置は、まさに当時の蒸気機関の最大の強みを発揮した使われ方であったと言うことができます。
ちなみにこの蒸気機関による鉱山の排水で初期に実用化されたのが、ニューコメンの蒸気機関でした。この蒸気機関は、新技術の黎明期にしばしば見られるように、効率自体は現代の視点から見ると甚だしく悪いも� ��でした。この蒸気機関を利用するために掘り出した石炭の3分の1を消費していたというのですから、そのあまりの効率の悪さには今の視点から見ると驚くしかありません。しかしながら逆に言うと、たとえ掘り出した石炭の3分の1を消費するものであっても彼らがその機械を使ったということは、そのような機械であっても使う方が人手での排水よりも効率が良かったのだということを示唆します。すなわち、おそらくは鉱山での採掘作業のうち、半分近くかそれ以上は、鉱山の中にたまる水の排水作業に人手を取られていたのだということなのでしょう。そしてそれほど効率の悪い作業であるからこそ、エネルギーの利用率としては効率の非常に悪い初期の蒸気機関でも実用に使うことができたのです。そして蒸気機関技術にとっ� �も、とにもかくにもそのような実用での活躍の場を与えられたことは幸運でした。これによって蒸気機関が一般の市場で使われるようになり、それによって多くの技術者が蒸気機関の改良・開発に乗り出せるようになったのです。これはやがてワットによる蒸気機関の発明につながり、さらに効率を向上させた蒸気機関が各地の工場や蒸気機関車・蒸気船などの輸送機関に使われていくことによって社会的な生産性を引き上げていき、産業革命を進めていく原動力となっていったのです。


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何故この時期に蒸気機関が実用化されたのか

蒸気機関のアイデア自体は古代からありました。紀元10年〜70年頃に生きたヘロンが考案した仕掛けの中にヘロンの蒸気機関と呼ばれるものがあったと言いますし、その他にも色々な蒸気機関のアイデアはあったと言いますが、結局のところそれらの技術は実用化されないまま過ぎ、18世紀まで待つ必要がありました。何故その間、蒸気機関の実用化は果たされないままだったのでしょうか。これは金属加工精度が向上してきたことも見逃せない要因であると言えます。
蒸気機関はピストン内部の蒸気圧の変動に合わせる形でピストンが上下に動く必要があります。しかも単に上下に動くだけではダメで、滑らかにピストン運動をすることが可能でありながら、同時に蒸気が漏れることのない精度でシリンダとピストン部分を� �み合わせる必要があるのです。それだけの高い精度の金属工作技術が前提としてあって、初めて蒸気機関を実現することができたのです。そのためにはやはり18世紀頃まで待つ必要がありました。

また、水が蒸気に変わることによって体積が膨張する圧力を利用するのではなく、蒸気が水に変わることによって空気の体積が縮小することによる圧力(負圧) を利用することで当時の技術で利用しやすい形態の蒸気機関を使用することができたというのも大きいでしょう。ただし、このようなアイデアの段階であるならば歴史のはざまの中で様々な人が考案していた可能性もあり、必ずしもこれが決定的な要素と断言することはできません。やはり金属加工技術の精度の向上が最大のファクターであったと思われます。おそらくは、大砲などで砲門と弾丸の口径を合わせないといけないなどの要請でこれらの金属加工技術が向上していき、それによって蒸気機関の作成に必要な金属加工精度を出すことができたのでしょう。

もちろんこのように開発された蒸気機関によって物資を安価に調達することができるようになり、余剰労働力が生まれてくるファクターの中で、その余剰労働力が冶金分 野に数多くの労働力として流入してきた関係で、金属加工精度をさらに発展させていける素地ができ、それによってさらにエネルギー効率の良い蒸気機関を製造できる下地を作っていったという要素もあるでしょう。


このように、高い金属加工精度によって蒸気機関が開発され、それが人類社会に高度な生産力をもたらし、人々は少人数で大量の製品を作り出す生産力を身につけていったのです。これによって産業革命が進展していき、人々は数多くの便利な日用品に取り囲まれながら快適な生活を送ることができるようになっていきました。

蒸気機関からさらに発展したその後

蒸気機関の発明によって、最終的には大量生産や蒸気機関車や蒸気船による大量・高速輸送が実現していくことになりました。蒸気機関のように、燃料を利用して力学的な運動をおこなう機械の総称を原動機と呼びますが、人類はこの原動機をさらに発展させていきました。
蒸気機関の時代の後に訪れたのは内燃機関です。これはシリンダのピストン内に直接液体燃料を注入するして爆発させることで動力エネルギーを取り出す機関です。これによって、燃料の重量あたりのエネルギー量をより多く取り出すことができるようになり、その後の自動車などの発達に欠かせない技術となっていきました。

現在においては、産業革命初期の頃の蒸気機関に求められていた、「人間が手作業をする代わりに機械が同じ作業をおこなうた� ��の動力源」としての原動機の役割は完全に達成できています。また、重量あたりのエネルギー密度が高いエネルギーの開発もかつては求められていましたが、現状においてはその問題もほぼ満足のいく水準であると一般的には見なされています。
その一方で、現在ではこのような原動機や原動機のエネルギー源について、いくつかの求められているアプローチがあります。

1.公害の少ないエネルギー源であること
石油や石炭は二酸化炭素や硫黄などのガスを排出し、これらによる公害や環境破壊が問題になりがちです。また原子力発電所から出る放射性廃棄物などが問題視されることがあります。このような公害を出すことが少ない、抽出できるエネルギー量あたりの排出物が少ない燃料の開発が求められ、それによる代替 燃料の開発が進んでいます。

2.枯渇しない・埋蔵量の多いエネルギー源であること
石油もいつかは枯渇する資源であるために、その代替になるエネルギーが求められています。それは埋蔵量が多く、石油と同等の使いやすさや高いエネルギー密度であることが求められています。天然ガスなどが現状で開発が進められている資源ですが、太陽光や風力などの再生可能エネルギーも無尽蔵のエネルギーの一つとして数えられるでしょう。

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